ホステスのアルバイトで本業を退職

私がアパレル会社では働いていた時のことです。入社して2年。収入は生活に不自由ないほどの額だったのですが、旅行などの趣味に使うお金を貯めるため、ホステスのアルバイトを始めることにしました。ホステスの仕事は以前にも経験があり、知人の紹介で直ぐにお店も決まったのですが、本当は昼に勤めている本業の会社のル-ルで副業は禁止されていました。しかし、副業を持つのも初めてでは無いので特に心配することもなく仕事はスタートしました。

3ヶ月ほどでお店にも慣れてきて、昼の仕事との両立もコツを掴んできた頃、あるお客様と出会いました。30代後半で飲食店のオーナーさんでした。接待として数名の方を連れて来店していたのですがそのうち一人でやってくるようになりました。彼はいつも飲食業界の話をしていたのですが、私も以前から興味があったので、いろいろと勉強になり楽しく過ごしていました。

ある日のことです。彼はお店に入る前に食事をしようと誘ってくれました。本業となるアパレル会社での仕事はほとんど残業がなく18時には終了します。お店に入るのは20時だったので、誘いを受けたのですが彼は会社まで迎えに来ると言うのです。迎えに来てくれることに関して、特に問題は無いのですが、会社には副業のことは秘密にしているため、少し敏感になってしまい、「用があるので」と2つ先の駅まで迎えに来てもらうことにしました。そんなことが3度ほど続き、お迎えを断る理由も尽きてきた頃お客様と食事をしていたところを会社の人に目撃されてしまいました。「ただの知人」だと説明したのですが、女性ばかりの職場では、このような話はどんどん広がってゆき「彼氏と食事をしていた」などと少し面倒に感じる事態となったためお店のスタッフに相談しました。嘘をつき続けるのはとてもたいへんなこと。正直に言ってみれば?とのアドバイスに従い、お客様には「副業をしていることは内緒にしている」「協力して欲しい」と伝えると、「迷惑かけてごめんね」と言ってくれました。何だか申し訳ない気持ちになり、優しい人で良かった…と安心しました。

それから約1年、ふたつの仕事を順調に両立させていたのですが、本業の仕事が少しずつ忙しくなり始めました。旅行のために始めた貯蓄も目標以上の金額となり、副業であるホステスの仕事を辞めようと考えていた頃、あのお客様がぱったりと来なくなりました。週に1度は来店していた彼がまったく来なくなるのは心配だったのですが、他にお気に入りのお店でも見つけたのだろうと、特に連絡することもなく、2ヶ月後に私はお店を辞めることになりました。

お店を辞めて間もなく、会社の近くで彼にばったり会いました。「久しぶりだね!」と近づいて来た彼は少し痩せていましたが、元気そうです。会社の近くということで、あまり長話も出来なかったのですが、お店を辞めたことを伝えると、「そうなんだ、お疲れ様。本業がんばってね」と言って去って行きました。お店を辞めたので、もう会うこともないだろうと背中を見送ったのですが、数日後、仕事を終え会社を出ようとすると、会社の入るビルの前に彼がいたのです。「え?なんで?」とても不安になりました。その日はビルの裏口から帰ったのですが、二日後にまた彼がいたのです。こんどは昼間です。ランチに出掛けようと思って同僚とビルの正面玄関から出たところ出くわしてしまったのです。「よお、○○ちゃん、こんにちは」と、声を掛けてきたうえに、お店で使っていた名前で呼んできたのです。同僚は何が起こっているのかわかりません。私は「こんにちは」と、頭を下げながら同僚の手を取って立ち去りました。その後、同僚には正直に今までのことを話しました。同僚がとても心配して、策を練ってくれたのですが、何か危害を与えられたわけではないので、もう少し様子を見よう、という結果となりました。会社のビルの出入りには遠くから周囲をチェックする、そんな日々を過ごしていたのですが…ようやく終結の時を迎えます。

その日は上司と仕事で出掛けることになっていました。少し準備に時間が掛り、あわてて会社を出ることとなったのですがビルを出て目に入ったのは、彼の姿でした。血の気が引いていくような気分です。「○○ちゃん、少し話できないかな?」上司はキョトンとしています。なんかもう嫌だ…そんな気持ちと怒りが込み上げてきた私は、「じゃあ夕方までここで待っててください」とひと言残し、上司を急かしながら仕事へと向かいました。

会社へ戻る際に、上司に何があったのかと説明を求めら、もちろん、これで副業を持っていたことが分かってしまいました。そして、会社に着いた時、彼はいませんでした。

その日の夜、彼と出会うこととなったお店のママに電話しました。彼のことを話すと、「私に任せてもらっていい?」と言うのでもうどうすることも出来ない私は、全てお願いすることにしました。翌日、会社から「既に副業は辞めているということで、今回は罰則無しとします」「ル-ルを破ったことはしっかりと反省して下さい。2度目はありませんよ」と言っていただいたのですが、私なりにひと晩考えた結果、あまりにも軽い気持ちでル-ルを破ったうえに会社の方々に迷惑を掛けてしまったことから、退職を申し出ることにしました。上司は引き止めてくれたのですが、ここは甘えられません。1ヶ月後に退職となりました。そしてママの方は、彼を良く知る人に連絡を取ってくれたそうです。その人の話によると、彼がお店に来なくなった頃、彼の会社は倒産したとのことです。その後、仕事に就かずふらふらとしていたようで…そんな中、私に会いに来たようなのです。会社の場所は以前、私が食事に誘われた時に最寄駅を教えていたのです。彼は、その駅に行くと私に会えるかもしれない、と歩き回っていたところばったり会ってしまった、という結果です。お店に通っていた時のように話を聞いて欲しかったようなのですが…複雑な心境です。彼は「迷惑を掛けて申し訳ない」と言っていたそうです。

その後、彼がそうなったのかはわかりませんが、私は以前から興味のあった飲食業界へ就職することとなりました。